雪のシェレメチボ。真ん中の超・ショートヘアが私です。
私は一番右。
ANA時代、オーストリア航空とアエロフロートの共同運航便のクルーを経験した。
機材と運航乗務員&客室乗務員はOSクルー(&ANA日本人クルー3人)。
カルチャーの異なる人たちに囲まれて働くことで本当にたくさんのことを学んだ。また、自社便のパーサー業務などとはまた一味違う責任の重さや、やりがいも感じられて楽しかった。(必要に迫られるので、めきめきと語学力が上がっていく実感もあったし・・・。)
しかし、ちょっぴりハードな一面もあった。
成田→モスクワ→ウィーン→モスクワ→成田と転々とし、そのほとんどがモスクワステイ。
当時(90年代前半)のモスクワは、政情も不安定。国の名前が変わったり、クーデターがあったり、マフィアがドンパチやりあったり・・・。
買い物に行っても買える物は少なく、加えて、チェルノブイリ原発事故の影響が当時ははっきりとは判らなかったので産地不明の食材を現地で食べることへの多少の不安などもあり、日本から水と食料をスーツケースにびっちり詰めて持ち込み、クルールームと呼ばれるホテルの部屋に集まり自炊していた。
ホテルの部屋は冬になると寒く、ペラペラの毛布しかない。おまけに暖房が突然切れたり、シャワーを浴びている最中にお湯が出なくなったり・・・。涙が出そうになることもしばしば。(実際に涙を流した同僚もいたとかいないとか・・・)
ややブルーな気分でモスクワに到着すると、必ずといってよいほどホテルに電話がかかってくる。
「ねぇ、明日ウチにいらっしゃいよ」
ANAモスクワ支店長の奥様だ。
年がら年中自宅に招いてくださり、いつもあたたかい手料理をご馳走してくださったのが(当時の)モスクワ支店長ご夫妻なのだ。
タクシーというものは存在しなかったので、口コミで知られていたいわゆる「白タク」でお宅に伺った。時々検挙されてしまうのか(?)どうしても白タクが見つからないときには家畜運搬用のトラックをヒッチハイクして料金を交渉して乗せて(載せて)もらったことも。牛やロバのようにどこかに売り飛ばされるんじゃないかと不安を感じながら。
話を戻して・・・。
あの頃のモスクワでは食材が思うように調達できるような状況ではなかったのに、支店長ご夫妻は、ボルシチ、中華、手作りパンなどなど、様々なメニューでもてなしてくださった。
また、私なら即刻帰国したくなるような状況を、貴重な体験談として明るく笑顔で話してくださる。目の前で起きたクーデター時の戦闘や強盗に襲われた事など命に関わるような出来事すらユーモアたっぷりに嬉々として話されるので、自分達が感じているモスクワステイの不安や不満や不都合がとても小さなことに思え、ブルーな気分はどこかに吹き飛んでしまう。
そして帰り際には「これ明日のフライト前に食べなさい」と、焼きたてのパンを包んで持たせてくださった。
ご夫妻がいらっしゃらなかったら、モスクワステイはどんなにつまらないものだったろう。
そのご夫妻が最近どうしていらっしゃるのか気になっていた。
今年も年賀状はやりとりしていたので、きっとお元気だろうとは思う。
メールアドレスも知っているのだが、なんだかメールを出すのは違和感がある。
葉書・・・。
時折足を運ぶ銀座の文具屋で買い込んだ中から今の季節にぴったりな柄の一枚を手に取った。
「ご無沙汰しております。お元気ですか。」後に続く言葉が全く浮かばない。
特に報告する近況も無いしな・・・。
○○の候、うんたらかんたら・・・などという挨拶もよそよそしくて・・・。
たった二行。これを受け取っても返信に困るだろうし、暑中見舞いにはまだ早い。あまりに唐突だし謎だよな。むしろ心配かけてしまうかも。
う~む。
悩んだ挙句、電話した。
電話でも結局「ご無沙汰しております。お元気ですか。」以降の言葉が浮かばなかったんだけど・・・。
「あらぁ!タカちゃん!!」とても嬉しそうな元気な声で奥様が電話に出られた。そして、「ちょっと待ってて。ねぇ、あなた、タカちゃんよ!!」
続いてご主人が電話に。
退職後も相変わらず仲良く生活を楽しんでいらっしゃる様子。想像以上に・・・。
「最近、二人で面白いことを始めてね・・・」
えぇっ!?
こちらが想像もつかなかったことを始めていらした。
CMモデル。
OAチェックしないと。
いや~パワフル。
タイミングよく、ご主人の篆刻のグループ展が銀座で開催されるということで、再会を約束して電話を切った。
(なんと、展示場所は、私がご夫妻に出そうと思った葉書を買ったまさにその場所だった。)
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