2009年6月17日 (水)

久々の電話とモスクワの想い出<その1>

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雪のシェレメチボ。真ん中の超・ショートヘアが私です。

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私は一番右。

ANA時代、オーストリア航空とアエロフロートの共同運航便のクルーを経験した。

機材と運航乗務員&客室乗務員はOSクルー(&ANA日本人クルー3人)。

カルチャーの異なる人たちに囲まれて働くことで本当にたくさんのことを学んだ。また、自社便のパーサー業務などとはまた一味違う責任の重さや、やりがいも感じられて楽しかった。(必要に迫られるので、めきめきと語学力が上がっていく実感もあったし・・・。)

しかし、ちょっぴりハードな一面もあった。

成田→モスクワ→ウィーン→モスクワ→成田と転々とし、そのほとんどがモスクワステイ。

当時(90年代前半)のモスクワは、政情も不安定。国の名前が変わったり、クーデターがあったり、マフィアがドンパチやりあったり・・・。

買い物に行っても買える物は少なく、加えて、チェルノブイリ原発事故の影響が当時ははっきりとは判らなかったので産地不明の食材を現地で食べることへの多少の不安などもあり、日本から水と食料をスーツケースにびっちり詰めて持ち込み、クルールームと呼ばれるホテルの部屋に集まり自炊していた。

ホテルの部屋は冬になると寒く、ペラペラの毛布しかない。おまけに暖房が突然切れたり、シャワーを浴びている最中にお湯が出なくなったり・・・。涙が出そうになることもしばしば。(実際に涙を流した同僚もいたとかいないとか・・・)

ややブルーな気分でモスクワに到着すると、必ずといってよいほどホテルに電話がかかってくる。

「ねぇ、明日ウチにいらっしゃいよ」

ANAモスクワ支店長の奥様だ。

年がら年中自宅に招いてくださり、いつもあたたかい手料理をご馳走してくださったのが(当時の)モスクワ支店長ご夫妻なのだ。

タクシーというものは存在しなかったので、口コミで知られていたいわゆる「白タク」でお宅に伺った。時々検挙されてしまうのか(?)どうしても白タクが見つからないときには家畜運搬用のトラックをヒッチハイクして料金を交渉して乗せて(載せて)もらったことも。牛やロバのようにどこかに売り飛ばされるんじゃないかと不安を感じながら。

話を戻して・・・。

あの頃のモスクワでは食材が思うように調達できるような状況ではなかったのに、支店長ご夫妻は、ボルシチ、中華、手作りパンなどなど、様々なメニューでもてなしてくださった。

また、私なら即刻帰国したくなるような状況を、貴重な体験談として明るく笑顔で話してくださる。目の前で起きたクーデター時の戦闘や強盗に襲われた事など命に関わるような出来事すらユーモアたっぷりに嬉々として話されるので、自分達が感じているモスクワステイの不安や不満や不都合がとても小さなことに思え、ブルーな気分はどこかに吹き飛んでしまう。

そして帰り際には「これ明日のフライト前に食べなさい」と、焼きたてのパンを包んで持たせてくださった。

ご夫妻がいらっしゃらなかったら、モスクワステイはどんなにつまらないものだったろう。

そのご夫妻が最近どうしていらっしゃるのか気になっていた。

今年も年賀状はやりとりしていたので、きっとお元気だろうとは思う。

メールアドレスも知っているのだが、なんだかメールを出すのは違和感がある。

葉書・・・。

時折足を運ぶ銀座の文具屋で買い込んだ中から今の季節にぴったりな柄の一枚を手に取った。

「ご無沙汰しております。お元気ですか。」後に続く言葉が全く浮かばない。

特に報告する近況も無いしな・・・。

○○の候、うんたらかんたら・・・などという挨拶もよそよそしくて・・・。

たった二行。これを受け取っても返信に困るだろうし、暑中見舞いにはまだ早い。あまりに唐突だし謎だよな。むしろ心配かけてしまうかも。

う~む。

悩んだ挙句、電話した。

電話でも結局「ご無沙汰しております。お元気ですか。」以降の言葉が浮かばなかったんだけど・・・。

「あらぁ!タカちゃん!!」とても嬉しそうな元気な声で奥様が電話に出られた。そして、「ちょっと待ってて。ねぇ、あなた、タカちゃんよ!!」

続いてご主人が電話に。

退職後も相変わらず仲良く生活を楽しんでいらっしゃる様子。想像以上に・・・。

「最近、二人で面白いことを始めてね・・・」

えぇっ!?

こちらが想像もつかなかったことを始めていらした。

CMモデル。

OAチェックしないと。

いや~パワフル。

タイミングよく、ご主人の篆刻のグループ展が銀座で開催されるということで、再会を約束して電話を切った。

(なんと、展示場所は、私がご夫妻に出そうと思った葉書を買ったまさにその場所だった。)

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2009年4月 7日 (火)

『キャリアの軌跡』

日経新聞4月6日夕刊『キャリアの軌跡』に、全日本空輸執行役員の河本宏子さん。

懐かしい!

河本さんはANA時代の先輩。新人時代からお世話になった。

一緒にフライトしていた先輩が「執行役員」に昇進されたというのは本当に感慨深い。

河本さんが過去に寿退職を目論んでいたことは意外だった。

私は採用試験の最終面接で「定年まで働きます!」と本気で宣言したが・・・・まさか転職するとは。自分でも想定外。

同期を見回しても、キャリア志向の人が早く退職したり、寿退職狙いの人が案外長く勤めていたり・・・。人生、わからないものです。

数年後には私の同期からも役員が誕生するかもしれないなぁ。

初心忘るべからず。

何事も。

懐かしい先輩の「キャリアの軌跡」を読み、いろいろな想いが一気にあふれた。

この記事に出会えて良かった!

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2009年1月31日 (土)

凱旋!

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トロフィー&メダルを手に満面の笑みの美幸ちゃん。(頭上には「てん」(ところてん)の品書きが・・・・笑)

チーズの世界大会であるインターナショナル・カゼウス・アワード2009で世界2位に輝いた(元ANA同期で現在は田崎真也ワインサロン支配人の)村瀬美幸ちゃんが帰国しました!というわけで、成田に出迎えに行ってきました。

「トロフィー見る?」と言ってくれたので、

「もちろん!見せて~~~!」とリクエスト@空港内の和食屋。

(周囲のお客さんにトロフィーをチラ見されてました・笑)

それから、審査結果の詳しい採点内容など見せてくれて、あれこれ競技の模様を教えてくれました。

いや~、本当に凄いです!!

当日の大会の動画がネットで見られるので興味がある方は是非チェックしてみてくださいね。

http://sirha.get-live.tv/evenement/International-Caseus-Awards

(私はチーズのことは全く詳しくないのですが、)

日本のチーズのみならず、美しい器との調和、桜茶やさくらワイン、桜をテーマにしたトータルの演出を含めて、

日本の良き文化、季節感や詩的なものを愛する心、伝統と新しいもの、日本の美しさを伝えたいという心のこもった日本代表のプレゼンテーションは感動モノでした。

何と言うか、日本人として誇らしかったです!

審査発表の動画は、既に結果を知っていながらドキドキして、「ジャポン!」と呼ばれた時には「やった~!!」と、叫びながら見てしまいました。

今回の受賞でいろいろな方から「おめでとう!」というお祝いのメールや電話を受けたそうなのですが、田崎真也さんだけが「おめでとう。でも残念だったね」とおっしゃったそうです。この言葉には、厳しさと愛と信頼を感じます。そして、「世界一」という称号を持つ方だからこその言葉なのだと・・・。

夜になって美幸ちゃんからもらったメールに、「やっぱり1位のほうがよかったけれど、まだまだ自分には足りないところがあるというサインだと思って・・・」という言葉がありました。

彼女はこれから活躍の場もますます広がり、日本でのパイオニア的存在としてより多くの人たちに認知される存在になることと思いますが、世界の広さと頂点の高さを自分自身の経験として知っている人は、本当に謙虚で、心が強いなと思いました。

そして、彼女は心の底からチーズやワインを愛しているのだと思います。

この後、「家に帰るとのんびりしたくなっちゃうから」と、空港からその足で職場に向かいました。長旅の大荷物と一緒に。

あぁ、やっぱりあなたは凄い人だよ、美幸ちゃん!!

あらためて、おめでとう!!

素晴らしいチャレンジに清々しい感動と元気と幸せをもらいました。

(ブログ内 関連記事) 

http://takakowatanabe.cocolog-nifty.com/photoblog/2009/01/post-a87f.html

http://takakowatanabe.cocolog-nifty.com/photoblog/2009/01/international-c.html

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2009年1月15日 (木)

日本代表・村瀬美幸ちゃんの世界チャレンジ

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今日は、ANAの同期で現在は田崎真也さんのワインサロンの支配人をしている友人・村瀬美幸ちゃんを見送りに成田まで行ってきました。

彼女は、フランス・リヨンで開催されるチーズの世界大会「インターナショナル・カゼウス・アワード(ICA 2009)」に日本代表として出場します!

2007年に続き、二度目の挑戦。(前回の世界大会では4位)

今回は是非とも優勝してほしいので、空港で日の丸を振ってプレッシャーをかけてきました(笑)

ホントは専属カメラマン&日の丸応援団、あんど荷物持ちでフランスまで同行したかったんだけどな~。燃油サーチャージめ!予算不足につき成田で全力応援(^^)

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↑私は身長160センチなんですが、美幸ちゃん相変わらず背が高いよ~。(ちなみに、ANA訓練生時代の私たちの写真はここ 私たちがどんな訓練生だったかはまたの機会に・・・)

出発前に空港の韓国料理店で久しぶりに一緒に食事をしながら、お互いのキャリアチェンジについても話をしました。

「美幸ちゃんは、本当に凄いね」と言ったら、

「こんなことになるなんて全く考えてもいなかったよ。好きだから続けていたらいつのまにかって感じなんだよね」と話していました。

それってやっぱり凄いよ、美幸ちゃん!!

いかに自分が幸運だったか、田崎真也さんやソムリエの先輩方との出会いや、これまでの成り行き、いろんな人の後押しがあって自然な流れで今があるということを語ってくれました。

私も彼女が言うように人生には「運」や「出会い」や「タイミング」がとても大切だと思います。成功には絶対に必要なこと。でも、それだけで成功することも絶対にありえない。

シュヴァリエ・デュ・タストフロマージュ、チーズプロフェッショナル、シニアソムリエ、シニアワインアドバイザー 、インターナショナル・カゼウス・アワード2007・2009日本代表・・・。

彼女がこれまでに得た数々の肩書きもさることながら、世界一のソムリエ田崎真也さんから自分の名前を冠したスクールの支配人を任せられるほどの信頼を得たことは、彼女の努力の継続がいかに素晴らしいものだったかという何よりの証明ではないでしょうか。

「このままでは、どんなに努力しても叶わないことがあるということを私が証明してしまうことになる。好きなことを続けることに大きなパワーがあることを証明したい。」そのような主旨の言葉を、フィギュアスケートの村主章枝さんが、惜しくも表彰台を逃したトリノ五輪の後に話していたのを思い出します。そして今季、再び世界の舞台の表彰台に戻ってきた村主さん。その進化と努力の軌跡に感動しました。

美幸ちゃんは、村主さんのように何かを証明するためにとか、多分そういうことは考えていないと思うんだけど(笑)世界を舞台に活躍している人は、どこか共通点があるように思いました。

そして、理不尽なことや希望を見出すのが難しいことも多い世の中で、好きなことをひたむきに続けている人や懸命に努力している人を応援することで、私たちはどれほど大きなパワーをもらっていることか。

美幸ちゃんを応援しにいったつもりが、私の方が沢山たくさん元気をもらってきちゃいました!

目指せ世界一!!

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↑すごく素敵な笑顔なんだけど、本人の写真チェックをもらうまでは極小画像で(笑)美幸ちゃん、大きくしてもよいかしら?

あぁ、私の頭の中には『情熱大陸』の構成があれこれ浮かぶよ(←番組関係者に知り合いはいないけど・笑)

頑張れ、美幸ちゃん(^^)おもいっきり期待してるからね!!

<大会結果などブログ内の関連記事>

http://takakowatanabe.cocolog-nifty.com/photoblog/2009/01/international-c.html

http://takakowatanabe.cocolog-nifty.com/photoblog/2009/01/post-cb02.html

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2008年9月18日 (木)

福岡

到着。台風の影響を考えて、予定よりも一日早く福岡に入りました。

landingは風で少し緊張。(操縦しているわけでもないのに)

いや~、ランウェイ見えてからがかなり怖かった!

夕方の福岡空港は混んでますね。ランプインに結構時間がかかりました。

それにしても最近、ANAの国内線シートがやたらと窮屈に感じる・・・。う~む。えっ?シートの問題じゃなくてワタシが膨らんだってことは無いよね(^^;)

今日の同乗クルーには知り合いは居なかったけれど、とても感じのよいサービスでした。

さて、頑張るぞ!

まずは腹ごしらえに・・・。

そういえば、何度か「会いたいね」などと言いつつ、なかなか再会がかなっていない中・高の同級生@福岡はどうしているかとミクシィのプロフを見たら、現住所「東京」。

?!

いつの間にか、お江戸に戻っていたらしい・・・。

ま、そんなこともあるわいな。

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2008年4月14日 (月)

春。エアライン受験相談&アドバイス④注意すべきこと・コネ

☆キャビンアテンダント受験者やアナウンサー受験者に見られる傾向は、とにかく一生懸命と言うか、周りが見えなくなるくらい必死になる人が多い。

受験をしているうちに、受験者同士の情報網が出来て、いろんな情報交換をするようになるけれど、肝心なところはお互い隠していたりすることもある。

中でも「コネ採用」に関しては、OGやOBに「先輩はコネがありましたか?」と聞いても

「ワタシは○○さんの紹介でコネ入社だった」

とか

「父親がグループ会社の役員だったから」

なんて、おおっぴらに教えてくれる人は恐らくごく少数。

(社内では、「○○さんは誰の紹介だったの?」なんておおっぴらに話しているケースもあるけど、外部の人間には明かさないことの方が多いと思われる)

だからこそとっても気になる「コネ採用」の実態なんだと思う。

コネがないけど、何とかしたほうがいいのだろうか・・・とか、

皆周りの受験者はコネがあるのかしら?とか

不安にかられることもあると思う。

コネ採用に関しては

正確な情報がつかみづらく

ブラックボックス化していることもあり

だからこそ注意したいのは「絶対になりたい!」という必死な気持ちに付け込んだ詐欺的商法や、うさんくさいフィクサー的人物。

少しでも何か変だと疑問に思ったら、学校の就職課の先生や、OB、OGの先輩たちに相談してみること。

(ご両親・家族ぐるみで一つの方向に一生懸命になっていると、コロリと一緒にだまされたりするし、場合によっては被害が大きくなることもあるので、客観的な視点を持ち、業界や就職事情を知る第三者にも聞いてみると良いと思う。)

世の中、許しがたい悪いヤツが多いので、本当に気をつけて欲しい。

だいたい上場企業が訳の分からないフィクサーからのコネ入社なんて受け付けるはずはない。

もちろん、事実としてコネ入社がゼロとは言わないけど(実際に結構いる)

フライト前のブリーフィングでキャプテンが大勢の前で

当時の運輸大臣と同姓の新人さんに向かって

「○○さんは○○大臣の娘さん?」といきなり確認してしまうくらいコネ入社はゴロゴロいる・・・

(○○さんは、大臣の令嬢ではなく単に同姓だったみたいだけど)

でも、コネなんて全く無くても入れるし(←ワタシが生き証人)

ANAを受験したときも、アナウンサー・キャスターに転職したときも、な~んにもコネなんて無かった。

(伯父&伯母がNHK職員だったけれど、伯母は若くして死んでしまったし、その後若い女性と恋に落ちた伯父とは音信不通になってしまったし・・・。)

強力なコネがある人以外の多くの学生さんは(圧倒的多数だと思うけど)

コネ入社がやっぱりあるらしいけど、ワタシはコネがない」

なんて、そんなこと気にしても何にも始まらないし

そんなことを考えてため息ついて、自分が不利だと嘆いても仕方ないと思う。

多くの企業でコネ入社があるのも事実だけど、

コネがなくても合格した生き証人がここにいるのも事実。

コネが無いのは不利かもしれないけれど、全く望みがないわけじゃないと知って欲しい。

なんにもコネが無いからあきらめる?それであきらめるならあきらめれば良いけど、それじゃ人生つまらないと思わない?

それとも藁にもすがる思いでコネを探したり作ったりする?コレがとっても危ない。十分に気をつけて欲しい。

一朝一夕にできるコネなんて、どう考えても何の役にも立たないってコトを知っておいて欲しいなと思う次第。

縁故入社なのかどうかは「縁故採用ですか?」と聞いてないから知らないけれど

新聞社の社長の娘とか

一部上場企業の社長の孫とか

別の航空会社の役員の娘とか

そんな人たちがゴロゴロいたのをワタシは知っているけれど・・・。

「もしかして縁故採用?」と想像してしまう人たちもみなさん優秀だった。

仮に「縁故採用」だったにしても、受かるべくして受かった人だと思う。

そんな人たちがゴロゴロしているんだから、

本人&家族が以前からの知り合いでもない第三者に頼んで即席で出来るコネなんてほとんど役に立たないと思ったほうがいい。

就職人気ランキングの上位に並ぶような上場企業で、そう簡単に短期間に就職に有効なコネなんて、作れるものじゃないと思う次第。

それに、コネがあったからといって、本人がどうしようもない人物だったら(会社もよほどのことがなければ)採用しない。

そのために(どんなに強力なコネでも採用しない理由を示すために)筆記試験や体力試験がある。

まともな企業なら、見知らぬ第三者に札束積んで入社できるようなことはありえないのだ!

(「札束でコネ作ります」関係だけでなく、「エロおやじ」関係にも気をつけよう。特にマスコミ受験者。)

それから、桁違いのバカ高いアドバイス料、個人レッスン料も要注意。

スクールに通うのも悪くないと思うし、

私も(キャビンアテンダント受験のときもアナウンサー受験の時も)スクールに通ったので効果が全く無いとは言わないけれど、

スクールにしても、関連するようなレッスンにしても、おおまかな業界の平均ってあると思う。

やはり、あまりにも桁が違ったら疑問を持つべき。

桁違いのオカネを払ったら合格できる?んなわけないでしょ。

また、スクールに通っていても、こちらから頼みもしないのにスクール外での個人的な特別レッスンや特別な口利きをするとこっそり耳打ちするようなスクール講師(あるいは校長や経営者)は、十分に警戒したほうが良いと思う。

(中には本当に親切で言ってくれる人も居るかもしれないけど、とりあえず警戒はしておくべき。)

不安や心配から、噂や怪しい情報に翻弄されたり、周りが見えなくなりがちな時期だからこそ、悪い人たちに気をつけて欲しいなと思います。

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2008年4月12日 (土)

春。エアライン受験相談&アドバイス③英語が問題?

☆「業種は空運だけでなく、別の業種の(国内の)会社も受けるか、空運に絞って外資もチャレンジするか」と悩む人も少なくない。

ワタシはそれはどちらもあり!だと思う。

他の業種でも実際に働いてみたらやりがいを感じる仕事に出会える可能性もあるし、

やはりどうしてもエアラインがいいなら、ターゲットを外資に広げてみるのもいいと思う。

(その後、どちらも国内エアラインの既卒を受験するチャンスもあるかもしれないし)

でも英語で履歴書を書くのが・・・」という人もいる。

わかるわかる。確かに面倒くさい!

でも若い時こそ、パワーでその面倒くささも乗り切れるというもの。

本屋を探せば、いろいろ出ているし。

英語の面接が不安だし。外人の中で働けるか心配

わかる。確かに不安だよね。

でもなんとかなる。

いや、なんとかするのだ。

ワタシは留学経験もないし、ANAに入社する前は一度しか海外旅行に行ったことがなかった。

しかも、生まれてからずっと住んでいる実家は東京の下町で、(中国語やハングルを話す人は周囲に沢山いたけれど)英語を話す外国人なんてほとんどナマで見たことなかったのだ。

そんなワタシが入社するなり国際線に配属され、英語しか話せない外国人にサービスするのはもちろん、英語で報告書を書いたり、現地の係員と込み入った交渉をしたり、外資との共同運航便も経験し、現地で訓練や資格試験を受けたり(もちろん全部英語)、外国人クルーの中で仕事をしたり、機内通訳をしたりと・・・・。受験前には考えもしなかったことの連続。

ワタシ自身が、海外経験が無くても、受験&実際の勤務も「なんとかなる」という生き証人だ。

(入ってしまえば、入社前に感じた不安はウソのように消滅したし、海外ベースの外資系エアラインへの転職も何度か真剣に考えたこともある・・・。慣れだよ慣れ!使わないと忘れるのも早いけど・・・)

エアライン受験に限っては短期間でも準備をすればある程度何とかなると思う。

面接では何時間も話し込むわけじゃないし、聞かれることはある程度予想がつくはず・・・。

自己PRとか志望動機、業界環境など聞かれそうなことをピックアップして、参考になりそうな本を何冊か買って、自分の場合に置き換えて想定されるQ&A集を用意しておけばある程度の対応は可能だと思う。

若いときには詰め込めば短期間でも結構英語が身につくもの。

ヒヤリングがダメだと何を質問されているのか聞き取れず、何を話すか以前にアウトとなってしまう可能性ありなので、(特に準備の時間があまり無い場合は)ヒヤリングには力を入れると良いと思う。

一日中、英語のCDやテレビ・ラジオの英語放送をひたすら聞き流しておくだけでも効果がありますよ。

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春。エアライン受験相談&アドバイス②

☆「どうしてもキャビンアテンダントになりたい」という人や

キャビンアテンダントかアナウンサーか、どちらが向いているのか悩んでいます」と言う人も結構多い。

(経験者としては、どちらも両方やれば良い!と思う)

「いまから歯並びを矯正したほうが良いですか?」とか

「髪を切りたくないんだけど、やっぱり切ったほうが良いですか」

「ファンデーションはどこのがオススメですか?」

「肌が汚いのだけれど、化粧品はどこのがいいですか」

「伊勢丹とディーバと、写真を撮るならどっちが良いでしょう」

「口紅は濃いほうが良いですか?グロスだけだとだめですか」

「スーツはどんなものが良いでしょう」

「靴は何センチヒールの何色がいいですか」

というような具体体的な相談も数々・・・。

(これらの質問への回答・アドバイスを書きたいところだが、全て書いているとやたら長くなり、本一冊分になりそうだし&ネタが尽きないので今回は省略。別の機会にでも)

☆そして受験した結果

「志望するエアラインに合格できませんでした」という人もやはりいる。

そういう学生さんの中には

どうしてもエアラインに入りたいので、アルバイトをしながら(国内)エアラインの中途採用の募集を待とうかと思う

という学生さんもいるのだが、

そんな学生さんには、(もちろん何にも仕事をしないよりはアルバイトでも働く方がいいけれど)

まずは「社員」と名の付く雇用形態で仕事を探してみては?とアドバイスすることが多い。(出来れば正社員)

その年の景気や企業の採用動向にも影響は受けるけれど、新卒時は人生で最大の就職チャンス。

社員で働くことによって得られる様々な仕事体験のチャンスや待遇を逃すのはもったいない。

☆「業種は空運だけでなく、別の業種の(国内の)会社も受けるか、空運に絞って外資もチャレンジするか」と悩む人も少なくない。

ワタシは

それはどちらもあり!

だと思う。

他の業種でも実際に働いてみたらやりがいを感じる仕事に出会える可能性もあるし、

やはりどうしてもエアラインがいいなら、ターゲットを外資に広げてみるのもいいと思う。

続きは③で・・・。

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春。エアライン受験相談&アドバイスのあれこれ①

いかにも新入社員というフレッシュな新人さんを電車の中で見かける今日この頃。

また、スタバやマックで履歴書を書き込んでいる就職活動中の学生さんもいる。

ため息をつきながらも志望動機を書き込んでいる学生さんなんぞ見かけると「頑張れ!」と声を掛け、おもわず抱きしめたくなる。

ワタシにもあんな時代がありました・・・。(遠い目)

いまや母親でもおかしくない年齢になりにけり。(更に遠い目)

そんな遠い目をしたワタシは、エアライン志望の学生さんやアナウンサー志望の学生さんから質問・相談を受けることがある。

私自身も、就職や転職でいろいろ悩んだし、そんな時に相談に乗ってくれた先輩の存在はとてもありがたかったので、

自分もそんな相談を受けた時は、例え初対面の人からの相談でも、時間がある限りなるべく親身になってアドバイスをするようにしている。

(いままでこの類の話はブログに書いたことが無かったような気もがするが、

「ANA」や「JAL」や「募集」「受験」で検索されて当ブログにたまたまたどり着く方々も多数いらっしゃるようなので、そんな方々の何かの参考になればと思い、この機会に自身のブログにアップしておこうと思う。)

分量が多くなりそうなので、何回かに分けてアップします・・・。

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2007年10月21日 (日)

再会

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先日、福岡から東京に帰る機内で同期Nに再会した。

せいぜい月に一、二度しか飛行機に乗らない私が、(いまや数少ない)仕事を続けている同期に再会できる確率ってどれくらいなのだろう。

何万分の一?何十万分の一?いずれにせよとても低い確率であることは間違いない。

でも、どうして国内線にNが乗務しているのだろう?

聞く前にNが答えた。

「成田から異動になったのよ」。

私はどうやら飛行機での「再会運」が強いらしい。

ほぼ飛行機移動の度に昔の仕事仲間に出くわす。

私がANAを利用する楽しみのひとつは昔の仲間との再会。

そして、ひと時代が過ぎたというのに外見もノリもほとんど変わっていないその姿に驚くのだ。

でも、10数年ぶりに再会した同期のNは少し変わっていた。

昔はバリキャリを地で行くようなイメージがあったのだけれど、機内で見たNはとても穏やかだった。

後で気がついたのだが、搭乗する直前、ゲート近くのショップで買い物をしていてNを見かけたのだが良く似た他人かと思ってしまった。

それほど印象が違った。月並みな言葉で言えば「丸くなった」。

名札を見たところ、苗字は昔と変わっていないが、彼女もこの10数年間にいろいろあったのだろうか、などと憶測をめぐらす。

そういえば、最後に会った時とは会社の制服も変わっている。

他の乗務員が新しい制服を着ているのは何も違和感を感じないのだが、訓練生時代から一緒だった同期が着ていると、見知らぬ航空会社の制服のように感じる。

飲み物のサービスが終わったらギャレーに押しかけようかなどと思いつつも、他の乗客が不快に感じるかもしれないと思い、じっと席に座っていた。

通りかかった他の客室乗務員に機内販売をお願いすると、Nが品物を持って笑顔で私の席までやってきた。

「Nのこういう笑顔って見たこと無いな」と思った。

考えてみれば乗客の視点でNを見ることは初めてだったことに気がついた。

仕事に対してはいつも攻めの姿勢、同期の中でも訓練生時代からエリート的なイメージが強かったけれど、彼女の一面しか見ていなかったのかもしれない。

そして・・・。

やっぱり、この十数年間には人生の大きな出来事がいくつもあったのだろう。

羽田に着くまでに彼女にメッセージを渡そうと思い、自分の名刺の裏にあれこれ書いてみたのだが、なんだかどれも違う気がして結局手渡すことが出来なかった。

降機の際に混みあう機内の通路でお互い女子学生のように言葉にならない言葉を交わし彼女と別れた。

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